【画像】熊谷守一のプロフィール。『宵月』の秘密と他の作品について!美の巨人たち

2017/12/09の『美の巨人たち』

では、”仙人と呼ばれた画家”

『宵月』が取り上げられます。

仙人と呼ばれた画家とは、

『熊谷守一』さんのことです。

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本記事では、熊谷守一さんの

プロフィールと、宵月の秘密、

その他の作品について紹介します。

熊谷守一(くまがいもりかず)

熊谷守一と猫

※https://www.caricarina.com/

1880年4月2日-1977年8月1日(没)

職業:画家

日本美術史ではフォービズムの

画家と位置付けられているが、

画風は徐々にシンプルになり、

晩年は、抽象絵画に接近した。

富裕層出世員だが、芸術家気質で

貧乏生活を送り、「二科展」に

出品をつづけ「画壇の仙人」と

よばれた。

※Wikipediaより

美術史に詳しくない私には

分からない事が多いです。

少し調べてみました。

フォービズム

20世紀初頭の絵画運動の名称。

原色を多用した、強烈な色彩と、

激しいタッチの作品を見て、

『これらの絵画に囲まれると野獣の

折の中に居るように思える』

と当時の批評家が評した事から

命名されている。

二科展

日本の美術家団体の一つ。

大正初期の政府主催の展覧会では、

日本画は新旧の二科に分かれており、

新しい傾向の画家達が活動しやすい

環境となっていた。

一方、洋画は硬直的な審査、

停滞的な体質に陥っていた。

洋画を海外で学んだ画家たちが、

日本画と同じように、洋画部門にも、

新旧の二科を設けるよう提案するも

政府は聞く耳を持たず却下した。

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政府に受け入れられないため、

洋画の画家達は自ら「二科展」を

結成し、政府主導の展示会とは縁を

切った。二科展の参加条件は、

政府の展示会に出品しない事

となっています。

熊谷守一という人間

フォービズム、二科展の2点から

考察するに、熊谷守一は、海外の

洋風技術を用いた画家であり、

政府と対立する、二科展にのみ

出展を続けた人物である事が

分かります。

政府の展示会に出展をした方が、

裕福な生活ができそうです。

このような、職人気質で、

頑固おやじ、の一面を知ると

仙人と呼ばれて納得です。

もっと詳しく知りたい方は、

以下をご覧ください!

http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/silent.html

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