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ブラジル人演歌歌手エドアルドの生立ちと、師匠、有吉反省会の禊について

ブラジル人でありながらも、日本の演歌歌手である

エドアルドさんをご存知でしょうか?

 

 

有吉反省会に出演され、禊を受けるととになっています。

どんな禊かは、後程ご紹介します。

 

 

まずは、エドアルドさんの生い立ちと、

演歌の師匠について調べてみました!

 

 

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エドアルド(Eduardo)

エドアルド

生年月日:1983年12月9日

出身:ブラジル サンパウロ

特技:日本語、ポルトガル語、スペイン語

受賞歴:

2001年 NAK(日本アマチュア歌謡連合)グランプリ受賞

2010年 第26回日本大衆音楽祭 日本全国大会 内閣総理大臣賞受賞

2014年 テレビ埼玉 カラオケ1ばんグランプリ大会

グランドチャンピオン

プロフィールより引用

 

 

日本の血は一切混ざってないのに、

なぜこうも日本依りのプロフィールなんでしょうか。

その理由は、彼の生い立ちが関係しています。

 

 

エドアルドの生い立ち

1983年12月9日。ブラジル・サンパウロで生まれる。
生みの親ジョゼッファは子供を育てるお金も環境もなく、生まれて2日後、ナツエ(日本人二世)に預けられ、育てられることになった。

5才の頃、ふと耳にした『浪花節だよ人生は』を聴き、感動する。

日本語を義母(ナツエ)の母、つまり、おばあちゃん(日本人)に教わったとはいえ、その歳で演歌がわかるはずもない。しかしその時、日本の演歌の凄さを感じたのだった。

そして26才になり、ついにひとり日本にやってくる。その時、一生の別れになるかも知れないと、生き別れた母に会ってくる。その後、義母ナツエもブラジルを離れ、エドアルドのもとにやってくる。母はパンの工場に勤め、エドアルドは10時間のアルバイトをしながら生計を立てる生活が始まる。

そして、作曲家あらい玉英氏に出会い歌を学んでいく。
2015年10月21日テイチクレコードよりデビュー。

 

海外から日本に来られた芸能関係の方は、

みなさんお金持ちかつエリートのイメージが強いです。

しかし、このエドアルドさんは、真逆でした。

 

しかし、5才で演歌の凄さを感じるって、

並外れた感性ですよね。

保育園、または幼稚園で

「ぞーさん♪ぞーさん♪おーはなが長いのね♪…」

って歌ってる時期ですよ。

そんな年頃で、演歌の凄さなんて感じるなんて

演歌の申し子としか言いようがありません。

 

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生まれて2日で義母にあずけられ、

幼いころは義母を母だと信じていたと思います。

つらいのはカミングアウトされた時でしょうが、

2人も母がいる(愛情を注いでくれる人が二人も居る)

事はある意味、幸せな事かもしれませんね。

 

 

エドアルドさんの、実の母に田する思いが、

「母きずな」という曲の歌詞にしっかり込められています。

 

歌詞から、実母との辛い生活に耐えてきた事がわかりますね。

3番の”生きてよかった”の部分に感動しました。

 

 

演歌の師匠(あらい玉英)について

演歌に興味を持ったのは義母の母の影響ですが、

本格的に演歌を教えた師匠は、「あらい玉英」さんのようです。

 

「玉英」は”ぎょくえい たまえ”と読みます。

 

エドアルドさんと玉英さんが出会った時の詳細情報は

残念ながら、調べることはできませんでした。

 

玉英さんは、作曲家であり、ご自身も演歌歌手です。

 

 

爆笑!有吉反省会での反省とその禊について!次のページへ

2 Comments

エドファンクラブ

あらい 玉英 は あらい ぎょくえいと読みません!
あらい たまえ です!
良く検索してから載せましょう!

返信する
解析屋

エドファンクラブさん
ご指摘いただきありがとうございます。
修正させていただきました。
以後、気を付けます。

返信する

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